ワセダサロン4月例会(第594回)

国内外とも波乱に満ち、アメリカとイランの戦争によるホルムズ海峡閉鎖は予断を許さず、国内では継父が11歳の我が子を殺すと言う理解しがたい事件が起きた。そうした中、好天に恵まれた4/18(土)、いつものワセダサロンを武蔵小杉にて26名の出席で開催した。井上会長(1969法研)の乾杯と板橋幹事長(1977政経)の司会で始まり、冒頭、先般行われた県下各稲門会幹事長・事務局長会議の概要、5/2(土)予定の当会幹事会について、5/26(火)には慶應三田キャンパス訪問予定等が幹事長から報告された。更に池田常任幹事(1976法)からは4/11開催の茅ヶ崎稲門会総会出席報告があった。また本日のサロンに特別参加で出席されている横浜稲門会副幹事長井上滋邦氏(1984理工)の紹介があり、氏よりご挨拶を戴いた。

今回のメインは、山本正子(しょうこ)氏(2003文)の「やましょうが二足のわらじを履くまで~ある声優の知られざる世界~」である。氏は在学時には放送研究部に属し、アナウンスの研鑽を積み、2001年秋の早慶戦では神宮のベンチ上に立ち、応援部紹介のアナウンスも行った。人生最大のイベントだったとプロジェクターに写ったその時の画像とともに話された。思えば幼児の頃から「まんが日本昔ばなし」(声・市原悦子)をカセットで聴き、小学生の時には運動会実行委員、中学では生徒会活動、高校放送部でのナレーションに初めて一歩を踏み出すなど人前で話すことに興味があり、関心も高かった。家庭でも常にNHKラジオの「吉川英治名作選」や「日曜名作座」を聴く環境にあった。卒業後、朗読の技を磨くため、100ステージを目標に募集があれば片っ端から応募、3年で100公演を達成した。【二足のわらじ】のうちの一つは就職した教育関係のコンテンツ制作会社で自らスタジオに於いて音響スタッフを兼ねたアナウンスで、中学受験教材の声をも担当した。コロナ禍ではスタジオ収録だけではなく、自宅で各種アナウンス・ナレーション収録(宅録)する業務も行った。二つ目は声優事務所からの紹介案件による活動である。海外ドラマの吹き替え、映像コンテンツでは「源氏物語絵巻」~小敦盛の半生を追う~(一の谷で敗れた敦盛の生涯を描いたもの)、朗読公演、各種イベントの司会等である。他にも雪印乳業の工場見学ナレーションなどもある。CMやユーチューブの対応は、“しゃべることならなんでもやろう”の精神で引き受ける。他に早稲田関係では校友会東京23区支部大会司会や、早稲田大学中央図書館開館25周年事業の司会も担当した。そして自分たちのグループの主催公演による朗読もある。朗読は、“書かれた文字を立体化する”、セットも衣装もないまま表現することであり、これを芝居や映画のように鑑賞するレベルに持って行きたい。が私の挑戦であると締めくくった。最後に「忘れ得ぬ人々」国木田独歩著の一部を朗読、実に見事で名もない画家と小説家の出会うわびしい旅籠が手に取る様に分かる描写であった。感謝を込め山本氏へのエールを送り、校歌斉唱で散会。(井上勝利 記)

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